「面倒くさい」を想像上の貨幣単位に置き換えてみること

ここのところ元気がナイ。

昔は、不自由は「脳みそで乗り越える」ことが楽しかった。小さな工夫を沢山、アイデアも沢山ひねりだして、その上で出来たことに十分満足できていたのね。
今は、なんだろう、ものすごく意味の無い不公平感に心が占められて、積極的に動けなくなってしまった・・・・。

これではタノシクナイ。

ただ、今でも「楽して行動できる手段」は私はあまり持っていない。
持っているのは「お手間」だけ。苦労とも呼ばれる。面倒くささのことだよね。
これが、自分に覇気が無いと、とたんにふくれあがる。
そうなるともう、何も持ってないムナシイ感、何をやってもナニモノコラナイ感に支配されるのね。

こんな時、本棚にある「すごい会議」とか「すごいやり方」とか、そういうのをパラリと見たりする。
でもなんか上手く心に入って行かない。
その理由は、本にあるように、思っていることを金額に置き換えることができないからかな。持ってないから。
財布に一億有っても一円有っても持ってる物を全て賭けることには替わりが無い、とは言っても。
絶対価値という物が見えるともうダメ。今の自分はそんなヤツなのか・・・とガッカリする。
もっているのはホントに「お手間」だけだ。・・・あ、そうか。

なので、そのお手間を想像上の貨幣単位に置き換えて、「いまする事は何「ペイ」(ここでは仮にそう呼んでみたよ)にあたるかなぁ」と考えて見ようと思ったの。

例えば今、外出しようと思っているんだけど、ものすごい荒天。この外出は人の用事もこなすので、気晴らしの他にも人の役に立つという内容なんだけど、これは、何ペイ?

ものすごいペイが積み上がった。
なんだかとてもゴージャスな気分になった。
なんでだろ?
ちょっとだけ動く元気が出た。持っているというのはイイコトだ。

と、書いているところで少し風が収まって雨も弱くなってきた。
行動にかかるペイが、減った。
気が楽になった。
ちょっとだけ動く元気が出た。お得なのはイイコトだ。

私はペイを沢山持っていて、やろうとしていることが何ペイだか分かるし、そのレートの変動も計れる。
分かり易いのはイイコトだ。
ペイが沢山かかることはとてもゴージャスで魅力的。
ペイがかからないことは、お得で気軽。
どっちに転んでも困らない。

久しぶりに困らない気分を味わったよ。
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by pyoblog | 2014-12-03 09:20 | ぴょ考  

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